大宮における樋口靖洋
昨日の「降格の研究とこれからの展望」を書いたあと、10年来の友人で、樋口サッカーについてかなり貴重な証言をしてくれる人に別件の用事でたまたま会うことになった。
面白い話も出たので、マリサポのために少しまとめてみようと思う。
川本梅花
大正大学卒業後、ジュネーヴ大学文学部言語学科博士課程留学。
近著『俺にはサッカーがある:不屈のフットボーラー16人』『サッカープロフェッショナル超観戦術』『大宮アルディージャの反逆』等
何が貴重かといえば、「サッカー戦術を言語化する」というテーマで、様々な切り口でJリークにまつわる文章を書いてきたこの人、大宮アルディージャにフォーカスした活動をしばらくしていたことで、その時期、ちょうど樋口さんが監督だったことだ。
まずは、先の「降格の研究・・・」でケーススタディとなった、2007年の降格争いから聞いてみる。大宮はどのようにして降格争いから逃れたか。
1.残留争いを突破した理由
2007年、大宮はシーズン当初から降格圏内に沈む不調だった。
このへんは川本著の「大宮アルディージャの反逆」に詳しくまとめられている。
当時の大宮は、マリサポならよく承知のあの三浦俊也の3期の監督時代を経て、ロバート・ファベークが監督に就任。このオランダ人監督は、オランダサッカーの4-1-4-1のシステムでチームをつくったが、これが全く機能しない。
前年まで三浦監督によるカウンターサッカー(それにマリノスは泣かされてきました)に慣れてきてチームもそのような選手が活躍していたところに、急にオランダ流のウイングをおいた攻撃サッカーになったのだ。さすがに無理があったと気付いて、4-4-2に変えた頃の中断期間前にはもう遅く、そのまま解任されてしまったらしい。結局、フロントのテクニカルディレクターだった佐久間氏(現甲府GM)が急遽監督になった。(追記:いくつか訂正いたしました)
こんなところからどのように大宮は降格争いを戦っていったのか。
「選手が話し合ってました。これではダメだということで、選手同士が毎日試合後にミーティングをしていました。試合後にその試合のビデオも皆で見ていたらしい。選手同士が自分たちの試合を見て、良い悪いを語るというのはプライドが傷つく話です。自分の失敗をみんなに目の前で見られて、ダメ出しされるのですから。それでも降格したくないという気持ちのほうが強かった。残留するために、選手みんながプライドをとっぱらったんです。言いあいも議論もあった。」
気づいている人は多いと思うが、最近の中澤と俊輔、それに樋口さんのコメントがかみあっていない。同じ試合の後のインタビューでこの3人のコメントがバラバラのことを言っていることがある。この3人のコミュニケーションが取れていないことがすぐにわかる。中澤も俊輔も、一筋縄ではいかないキャラクターなのは、もう皆さんご承知のとおりだと思う。この2人を御してきれていないのか?
「樋口さんは選手とキチンとコミュニケーションをとれる人です。けれど、優しすぎるところが欠点でもあるんです。」
降格危機のあいだ、大宮の選手は毎試合のミーティングで率先して選手同士が共通認識をつくっていった。その効果は、コーチングの声が日増しに大きなってきたことにも現れていたそうだ。
「昨年の浦和の不調もコーチングの声の小ささに象徴されているような気がしました。若い選手はこういうときの声を出さないみたいですね。鈴木啓太なんかはコーチングしろ!と若い選手に呼び掛けていたらしんいですけど、うまくいかなかったみたいですよね。コーチングの声が頻繁にあるチームは強いと思いますよ。」
さて、横浜F・マリノスはどうなのか?
「残念ながらマリノスにはミーティングとかコーチングを率先してやるようなキャラクターはいないんじゃないでしょうか。でもそれが出来ないとドツボにはまっても抜け出せないかもしれないですよ。」
ビジネスの世界の組織マネジメントでは、公式組織のリーダーと非公式組織のリーダーが比較される。サッカーでいえば監督をピラミッドとする意思決定ラインが公式組織、非公式組織というのは大宮の例でいえば選手同士で自主的にやるミーティングである。なお、この非公式組織による改善をシステム化したのがTQC(Total Qualty Control)。
この非公式組織のリーダーがマリノスには長らくいなくなっているのでないかと、すぐに想像した。組織の一員がボトムアップでサッカーの質を高めることが出来ないということ。松田もそういうキャラクターではなかったし、中澤もゴーイングマイウェイ、俊輔にいたっては論外(失礼!)である。長らくこのチームの低迷はこんなところが原因となっているのかもしれない。
なお、これを書いていて、すぐに水沼宏太の存在が頭にうかんだことも追記しておく。
意識的にリーダーとしての振る舞いを身につけたスマートな努力家、そんな将来のマリノスに足りないリーダー像を感じさせるのが、水沼宏太。
川本梅花の最新著作「俺にはサッカーがある: 不屈のフットボーラー16人 」には、この水沼宏太インタビューがあるのだが、このへんの若きリーダーとしての水沼像がキッチリと浮かび上がるインタビューになっている。ちなみにこの著書には波戸も取り上げられているのだが、川本曰く、なぜ波戸を引退させてしまったのか、ということでした。今のマリノスに足りない非公式組織のリーダーシップを発揮できる男というのが、川本評価である。
それと、この降格争いの時は、勝利給も出していたらしい。結局は非公式リーダーとかモチベーションとかヒューマンマネジメントとか、そういう問題に落ちつくのか。しかし、これにはこの10年近くの低迷を解読する鍵であるような気がしてならない。
2.大宮における樋口靖洋
樋口さんは真面目で優しい人。それが川本の評価である。それを良くとることも出来るし、悪くとることも出来る。
「悪くいえば決断力がないんです」
前述の2007年の降格争いの翌年に監督に就任したのが樋口靖洋である。
しかし、結局は通年満足な成績はあげられず1年で解任。最終順位は12位だった。
何がいけなかったのか?川本は象徴的な話として、次のエピソードを話す。
強化部長から降格争いの時の後任監督となり、その後樋口さんを監督にすえてフロントに戻った佐久間GMは、長身のスロヴェニア人のストライカー、ラフリッチを連れてきた。
ところが・・・
「樋口さんのやりたいサッカーだとラフリッチのタイプ、つまりポストの選手は不要なんですよ。ボールを動かして、相手の選手の間に人がはいっていくような流動的なサッカーを樋口さんはやろうとしていたわけです。裏に抜けられる選手が使いたかったんですよね。ところが、ラフリッチはそういう選手ではなかったにも関わらず、佐久間GMが連れてきた選手だから使わざるを得なかった。途中でラフリッチは使わなくなったんですが、これが遅すぎた。もっと早めに割り切って、使いたい選手を使ってしまえばよかったはずだったんですよ。」
それはマリノスでいうと・・・?
「中村俊輔です。それをどこで割り切るか、樋口さんが本当に使いたい選手はたくさんマリノスにはいると思うんですよね。」
ちょうど昨日に和司前監督が、某新聞で「ベテランをあれだけ走らせるのは難しい」とコメントとしていたのと呼応した話でもある。
「サッカー批評の木村さんのインタビューで、ブロックをつくってどうのこうのなどやりたくなかった・・・と言っていたのがあるじゃないですか。あれは樋口さんのやり方ですよ。DFラインとセンターハーフの間でブロックをつくって、そこでボールを奪って、ショートカウンターでボールをつないで攻めていく。くさびになる選手は必要なんだけど、ポストがいなくてもかまわないと思っているはずです。そういう意味で小野と大黒という2人のFWは本来樋口さんが使いたい選手の組み合わせだと思います。」
ゴール前に飛びこんでいく選手が増えていく美しい攻撃は、しかし実現してはいない。それどころか、6年間のJリーグで最低レベルの得点力である。
「河治くん(河治良幸:エルゴラッソ・フットボリスタ等で活躍するサッカーライター)もこの前言っていたでしょ?小野が一生懸命走りこんでも誰もついてきていない。そんなシーンばかりなのでは?」
「攻撃サッカー」を志向しながらも、樋口さんの監督としての成績は誠にさびしい限りである。
これを見透かしたかのように、和司さんがコメントする。「理想と現実は違う」と。樋口さんにはもしかすると優しさという長所と欠陥が表裏一体となっているのかも知れない。和司さんは、きっと伝統的な君主論のテキスト通りの統治を行っただろう。この二人のバランスが結果的にそれなり機能していたというのが、自分の推測である。
君主は愛されるよりも恐れられよ。和司さんのこのやり方は功罪あわせもつものだったとしても。
リーダー不在で自己改善できないチームと、優し過ぎる理論家の組み合わせは、どうにもよろしくないのかも知れない。樋口さんにもチームにも変わらなければならないことがあるのだ。
最後に、樋口さんが監督としての実績が今一つなのに、どうして次々と監督のオファーが来るのか?という質問に、川本は即座に答えた。 「人間性です」と。
だが、樋口さんがやりたいサッカーをやるためには、まずは樋口さんが変わらなければならない。それでなければチームも変わらない。理想を成し遂げるのは往々にして現実主義者であることがある。生(き)の理想主義者では理想を現実化することは出来ない。樋口さんには、残念ながら、もう時間はそんなに残されていない。これは、前回の記事にて書いたとおりである。
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コメント
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はじめまして。
マリノスサポ向けのブログにこうしてお邪魔するのは気が引けるのですが、大宮サポーターの立場から今回の記事の内容について少し気がついたことを書かせていただきます。
ロバート・ファーベーク監督が3-4-3システムを用いたことはありません。ウイングを使うオランダスタイルを導入しようとしたのは確かですが斉藤雅人をアンカーに起用した4-1-4-1でした。
樋口監督が大宮で指揮をとった08年の強化責任者は岡本武行強化育成部長です。
佐久間悟氏はGMではなくTD(テクニカルディレクター)であり、08年9月にシーズン終了を待たず大宮を退団している。
7月に加入したラフリッチを「佐久間GMの取ってきた選手だから嫌々使っていた」というのはありえない話です。
実際樋口監督は08年最終節までラフリッチをレギュラーで起用しているのですから。
川本梅花氏の活動については大宮時代から存じていますし「大宮アルディージャの反逆」「哲学的志向のフットボーラー」も拝読させていただきましたが、
正直この記事に関しては信じ難い事実誤認と言わざるを得ません。
何かをお間違いではないでしょうか。
投稿: 栗鼠 | 2012年5月 1日 (火) 16時44分
栗鼠さん
コメントありがとうございます。
内容拝見させて頂いたうえで、川本さんに確認したところ、大宮の事情を全く知らない自分が聞き取ったための事実誤認がいくつかありました。
ここは訂正させて頂きます。申し訳ありません。またご指摘ありがとうございました!
投稿: 管理人より | 2012年5月 1日 (火) 20時22分