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2011年8月 6日 (土)

天人五衰

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松田はずいぶんと幸せだったと思う。

しなりがtwitterで、「松田は最高の人生で、美しく死んだ。34で死ぬとわかっていても、ああいう風に生まれ変わりたい」というようなことを書いていたが、これに自分は全く同意である。

天賦の才能に恵まれ、わがまま放題でサッカーも私生活も掻きまわすだけかきまわして、それでも憎めない・・・どころか愛されていく。

昨年の一連の契約非更改の騒動もそうだった。

勝つということに非情さが必要となるときもあろう。
それはサッカーにしろ仕事にしろ、なんでも同じだ。顧みるに、自分がそういう瀬戸際に立たされたときに、非情なこともされてきたし、非情なことも してきた。
怒り、悲しむ気持ちは分かることであれど、そちらも理解せざるを得ない。自分はこの騒動のあいだの折々、カントナを切ったエメ・ジャケの決断が頭にあった。

これを評して、ある人は「ミスターマリノスだからミスターマリノスを切れた」と。これには頷かざるを得ない。

かつて松田が干されている時期があった。その間、練習やサテライトの試合中ずっとゲーフラやダンマクを出している連中もいた。松田となると話は違っていたのだ。こんな選手はたしかにいなかった。

感情をむき出しにした闘志あふれ、言葉を悪くいえばエキセントリックなプレーヤーだった川口が、海外での失敗を経験して、見違えるような大人になって帰ってきたのとは対照的に、松田は手のつけられないガキでありつづけた。そして、そこをかえって皆が愛した。

年末の騒動で、フロントが計算外だったのは、松田のこのような愛されかたを感じてなかったこと。

仮にあったとしても、和司さんが判断するならば・・・という盾が全く機能しなかったこと。

和司さんの15年前に、あれだけの数のサポーターが「必ず監督になって戻ってきてくれ」と忠誠を伝えてきたのに、そのうち、いったい何人が今スタジアムにいることだろう。

松田の永久欠番うんぬんという声も一部にあるようだが、自分はこれに懐疑的だ。その声をあげる人たちの何人が10年後20年後スタジアムにいるだろうか。同じ話である。

そんな和司さんを知らない世代を相手にしたというところも計算外。

井原や上野も奥も久保のようにはいかなかった。松田は全く違っていたのだ。

ここは理屈を越えている。クラブのビジネスとしての論理からはまるで異星人のようなサポーターと、松田だけは同じ言語をしゃべることができ、交流することができていたのである。

移籍した先の山雅でも、さっそく不貞腐れた挨拶でゴール裏にそっぽを向くようなことをやっていたらしい。しかし、そんなのはマリサポは年がら年中 みていたことだ。そして、そんなことをやれる選手が、むしろ大人しい優等生ばかりのマリノスの選手の中で破格に親近感があったのだ。

よくよく考えてもみれば、松田の移籍くらいの話ならばプロスポーツの世界ならば、ゴロゴロと転がっている。
しかし、彼は違った。サポーターを完全に味方にすることができたのだ。


松田の騒動の中で、ゴール裏の9割がたは松田を残留させるという。そのために松田の残留のための署名を行うという。
山瀬も坂田も河合も清水も、オレにとっては本当に忘れることのできない選手だ。その選手たちをおいて、松田だけ残留させるなどということはできない、と自分は最後まで署名することはしなかった。

未だに行方のわからない上野の「引退」に際して、何もできなかったことも理由としてあった。自分にとって、ミスターマリノスは和司さんで、小さなミスターに上野良治がいた。彼は寡黙だったし、シャイだった。

サポーター小説の名著『「ぼくのプレミアライフ・フィーバーピッチ」 』(ニック・ホーンビィ)の中で、「選手と話すのは苦手だ。自分が小さな惨めな人間にみえてくるし、そんなものが選手と対等に口をきいてはいけな いと思う」というようなくだりがあった。
その中年アーセナルサポーターの主人公と全く同じく、自分は選手と親しくしたりするのが本当に苦手だ。ファンサービスのようなものにも、ほとんどいかない。

ただ、上野だけは違った。あの男はそういう自分の気持ち以上に、もっとシャイな人間だった。だから、上野だけはしゃべれたし自分のことはちゃんと覚 えてくれた。自分は引退の噂が、もう噂とはいえないところから情報がはいってくると、その引退の年のホームゲーム最終戦で、まだトラメガをもっていた自分 は、ゴール裏の脚立の上から、挨拶に来る選手の列にむけて、上野のユニを広げて出した。上野はそれをみつけて、ゴール裏から移動するあいだ、ふりかえりふ りかえり、ずっとそのオレが出すユニを見ていた。その翌々日に、上野の契約非更改が発表された。

契約非更改、それはしかたないことだ。男ならば、そういうときもある。黙って消えていく上野に、自分は何かを強く感じていた。

そして、松田。

考えてもみれば彼ならば至極当然だが、契約非更改に怒り狂い、クラブを飛び出して、その情報がすぐにリークされて報道される。 そうして一連の騒動だ。

波紋はおさまるところがなく、そしてその傷がぱっくりと割れたまま、シーズンが始まる。

だからクラブは死に物狂いで結果を出そうとしている。

あの木村和司が 守備からつくったチームで、きっちり相手をスカウンティングした末に、食いタンであがるような地道なサッカーをし続けている。
弱小チームの監督を歴任しながらも、 事あるごとに「攻撃サッカー」を看板にあげていた樋口コーチが、もともとの苦労人の経歴をむきだしにしたように、守備的選手で固めた布陣にチューニングする。
試合のクロージングは石橋を叩いて渡るような手堅いものだ。去年、順位争いが過酷だったJリーグの終盤に、スコア1-0で勝っている危うい状態だったのに、まだ攻めろ!と狩野を懲罰交代させたのが、嘘のようである。今期は、試合終盤10分でリードしていれば、トップの選手は皆、相手エンドのコーナーでボールを抱え込むようにして時間の過ぎるのを待つ。イタリアやアルゼンチンのような姑息でもあり、リアルでもある試合運びである。

そして、これが結果を出している。

よくよく考えてもみれば、こんなにもチームが変わったのは、松田や坂田や山瀬、河合、清水といったあれだけの功労者を出したからには結果を出す以外にそのことの説明がつかないということもあろう。

そこに、この訃報。

たまたまマリノスタウンが目の前の横浜のとあるカフェで打合せをしているときに、急にくらくなって驟雨となり、そしてすぐに晴れあがった。それからしばらくして電話があり、松田が亡くなったとの報。

雨を降らした雲はすでにどこかに消えていて、夏の雲と青空が広がったなか、マリノスタウンにむかうが、スクールの子供たちが練習しているだけで、本当に誰もいない。クラブハウスのまわりも無人だ。

ひとりでスタンドに行くが、ここも誰もいない。

座りながら考えた。

また松田にやられたか。34歳でやることだけやって、辞世の言葉すらも彼らしい粗雑なヤンキー言葉で、マリサポや山雅のサポならず、日本中のサッカーファンとサポーターまで騒がせる。なんということだ、男としては最高に美しい死に方ではないか。

そして、この死は今のマリノスにとって決定的な「アシスト」になるかもしれない。松田のあのキャラクターとは似つかわしくない的確でやさしいロングフィードを思い出す。ボランチで使われていた時の絶妙なアーリークロスに驚いたことをも思い出す。

そうしてさらに思う。

3番を永久欠番にするだと?そんなバカなことがあるか。松田をめざして松田二世をオレは観たいのだ。クラブの歴史はそのように倒れていくものや去っていくものを重ねながらできあがるもの。わがまますぎる話だ。

誰もいないピッチの芝生をみていてそんなことを考えている。空は深いブルーに染まる。

なんという人間なのか、と。サッカー選手としてではない。人間としてなんという強烈な存在だったのかと。

「松田だけは特別」

と、残留署名運動にどうしても首を縦にふらない自分に、説得にかかる人間がこう言った。

即座に、何をいうか、誰かひとりだけを救うなどということはできないし、それは山瀬や坂田や河合や清水のみならず、マリノスを黙って去っていった皆をないがしろにする話だ、と自分は逆に食ってかかった。

しかし、この松田の死で、彼の物語は絢爛と完結し、ここで今、自分ははじめて「松田だけは特別」だったことを認めざるを得なくなったのである。

ワガママでヤンチャなクソガキは、いつの間にか30を越えていた。

オレは思うのだ。きっとヤツは出場停止でゼルビアの試合をむかえて、それでつまらなくなりマリノスの試合をはじめて観にきた。社長とはもちろんク チも聞かず、そのまま呑みにでも行ったのだろう。もう無理がきく年でもない。遅くまで呑んで、翌日の早朝練習はキツイに決まっている。 しかし、それもまた松田らしい。

そんなことを考えた。


物語を生み出されるその時と場所に立ち会うことができた数少ない経験である。

まるで三島の『豊饒の海』の本多のような気分だ。

ただし、いくら年をとったとしても、自分が松田の輪廻に立ち会えるかどうかはわからない。

今はただただ、燦爛とした松田の物語に圧倒されるばかりである。






追記:

 和司さんが、いつもと全く違い、コメントをほとんど出していない。

 森さんのことのすぐ後、きっと思いつめているのではないかと想像する。

 なんとかみんな理解してあげてほしい。

NPOハマトラ「松田直樹選手の訃報について(喪章着用のお願い)」

 

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